キチンキトサンの沿革
1981年、第1回「キチン・キトサンシンポジウム」が大阪にて開催される。 ↓ 1982年4月、農水省が10年計画の「未利用生物資源・バイオマス」研究プロジェクトで取り上げたのが最初。そこでカニ殻が人類にとってとても大きな貢献をする可能性を秘めていることが判明した。 ↓ 1982年7月、第2回「キチンキトサン国際会議」が札幌で開催。 ↓ 1985年、第2回「キチン・キトサンシンポジウム」が鳥取にて開催される。 ↓ 1986年には文部省も全国13大学に委嘱してキトサンの基礎研究をスタート。 ↓ 1988年、第3回「キチン・キトサンシンポジウム」が東京にて開催される。 ↓ 1989年6月、正式にキチンキトサン研究会発足。 ↓ 1990年8月、サハリンのコンスタンチン君が大火傷で札幌医大に緊急入院。キチン主成分の人工皮膚使用で救命。 ↓ 1991年9月、キチンキトサン協会創立。 ↓ 1996年、キチン・キトサン研究会は日本学術会議に学術研究団体として登録。機関誌「キチン・キトサン研究」は学術刊行物としての認可を受ける。 ↓ 1997年1月、キチン・キトサン研究会が「日本キチン・キトサン学会」となる。 ↓ 2000年9月、第8回「キチンキトサン国際会議」が山口大学にて開催。
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